若作りに躍起な中高年
報道やテレビ、巷でよく耳にする※「めちゃ語」
※管理人が勝手に名付けた「めっちゃ」「めちゃくちゃ」の総称
若い世代が使うのはまだ可愛げがあるけれど中高年が乱用するのは聞くに堪えない。
もう長い間この言葉が当たり前のように使われてきている。
この一言で何もかも表現しているようでどうにも受け入れられない。
「めっちゃ」はそもそも関西人特有のもので関西人でもない人には似合わない。
一歩外へ出るともうめちゃ語が蔓延している。
歯医者へ行けば「めちゃくちゃ痛い時は教えて下さい」と言われ
職場で会話すれば当たり前のように飛び交う。
その場でおもむろに嫌がる態度は見せられないのでひたすら我慢。
残念な事に親しい人間までがめちゃ語を使う事もしばしば。
そんな時は右から左で聞き流す。
語尾上げ喋りは「媚び売り喋り」
2000年頃は日本中が語尾上げに感染してやたら「?マーク」が蔓延していた。当時は某テレビ局のアナウンサーが雑誌で「質問以外で語尾上げするのは言語道断。
あちこちで語尾上げをまき散らさないでほしい」と苦言を呈するほど
語尾上げ喋りは酷く日本中の人間が「?マーク」を背負って歩ているようだった。
その名残は現在にも残っている。行く先々で質問される。
「あたし?今から?出掛ける?んだけど?」
は・・・?
あなたの事を私に聞かれても・・・状態だった。タモリさんがある番組で
「こっちが聞いてるのに疑問形で返して来るのは相手の反応が気になるんだろうね。
いちいち反応を確かめて話してるから相槌をうたないのが一番だよ」
と仰っていたのでそれを実践している。
若作りではなく若々しい人であれ
人生色々人間も色々でめちゃ語の何が悪い。
めちゃ語を嫌がる人の方が理解出来ないという意見もある。
使いたければ使えばよいけれど個人的には「滅茶滅茶な状況」などで使う言葉以外の「めっちゃ」も「めちゃくちゃ」も「むちゃくちゃ」も
めちゃむちゃと名のつく言葉は生理的に好きになれない。
若作りしたがる中高年が乱用するから余計に堪えられない。
いい年をしたおばさんやおっさんが食レポで「めちゃくちゃ美味しい」などと
よくも恥ずかしくもなく言えたもので、もし自分が食事を提供する側なら
しっかり味わった後に「とても美味しいですね」と言ってもらった方がはるかに伝わる。
上辺だけで「んー!めちゃくちゃ美味しい」などと言われても一向に嬉しくない。
サクラにしか見えないけれど 通販番組の愛用者の声の紹介で
70歳近い女性が「めちゃめちゃ嬉しいです」とにこやかに語る。
何がどう嬉しいのか? 「めちゃめちゃ嬉しい」ですべて片付ける。
それ以外には何も語らない。酷い人は「嬉しいなって思います」で終わる。
あのね…だから嬉しいのはわかるけど「思います」は要らないんでない?
「なって思います」は不要。不要な言葉は使わず「嬉しいです」で十分。
かつての美しい日本語は今どこへ…
先日はぐれ刑事純情派をスカパーで観ていたら、安浦刑事が
「そこの店がね、めちゃめちゃ美味いんだよ」と言った瞬間テレビを消してしまった。
これは役者さんに罪はない。台本通りにセリフを言っただけなのだから。
でも藤田まことさんの口からめちゃ語は聞きたくなかった。
それ以来、はぐれ刑事純情派を観る事はなくなった。
良い事も悪い事もめちゃめちゃで片付ける中高年。
その表情たるや薄っぺらな人間性を証明するかの如しバカ面そのもの。
場を盛り上げるためのめちゃ語を乱用するより
多少盛り下がろうとも綺麗な日本語で語れる雰囲気が良い。
「めちゃめちゃ」「めちゃくちゃ」の乱用を続けるとそれが人格となって顔に現れる。
昭和のヒットメーカー「阿久悠さん」が日本語の乱れを憂いて
八代亜紀さんにお話しされたという何とも美しくセンスの良い日本語。
「亜紀ちゃん、今はね、言葉が迷子になっているんだよ」
聞き上手で高める語彙力と会話力
めちゃ語を乱用して軽い言葉で語る人間はその表情に趣きがない。語彙力があって楽しい会話が出来る人はウイットに富んで表情豊か。話題も豊富。
機転が利いて人を飽きさせることが無い上に経験も積んで様々な処世術も心得ている。
これは人間性や才能によるものも大きいけれど自身の努力で身につける事が可能。
語彙力やウイットに富んだ話題が話せない…
会話に自信がない…
人と話すのが怖い…
ならば「聞き上手」に徹して自分の中の引き出しを増やす。
人と会話をする時は出来るだけ楽しく相手の話を聞くよう努める。
※「愉しむ」とは「心から感じ生じる喜び」の事。
話を聞く事が大事だからとただ聞くだけでは意味が無い。だからといって
マスゴミのように相手の事ばかりを根掘り葉掘り聞きだすのは失礼極まりない。
時には不十分でも自分の考えや感想を交えながら会話に華を咲かせる努力をする。
聞き上手に徹する努力を続けていくといつの間にか自分の中の語彙力が高まり
人を受け入れる人間の器も出来て来る。
話し上手は聞き上手 といわれる所以はまさにこの事。ただし即効性はない。
地道な努力が必要ではあるけれど確実に自分の肥やしになる。
上辺だけのいやらしい付き合いは相手に伝わる為心から愉しむ事が鉄則。
世界三大美女 クレオパトラに学ぶ
「世界三大美女」とされる人物は、国や文化によって異なる。日本で三大美女とされているのはクレオパトラ、楊貴妃、小野小町。
海外ではクレオパトラ、楊貴妃、ヘレネ(ギリシャ神話に登場)が選ばれている。
海外でも日本でも三大美女とされるエジプト女王クレオパトラ。
クレオパトラが人々を魅了したのは美しさだけでなく、そのまろやかな声と
人が話している時は心から楽しそうに聞いてくれる人柄の良さによるもの
・・・という一説もある。

40歳過ぎたら自分で作る顔
偉そうに御託を並べている自分には他者を批判できるだけの語彙力がある訳でも
クレオパトラのように美人な訳でもまろやかな声を持っている訳でもなく
心から愉しんで人の話を聞けるほどの人格者でもないけれど
学生時代、大好きだった校長先生がかけて下さった
「人は生まれながらの顔かたちを変える事は出来ないけれど
自分の生き方と心構えでいくらでも綺麗に変える事が出来る。
40歳を過ぎたら自分で作る顔なのだよ」
この言葉を肝に銘じて日々精進している。
本当に好きだった。
担任がろくでもない最低な教師だったから余計に校長先生が忘れられない。
進路相談も他のクラスメイトには親身なのにあからさまに完全無視。
私にも至らない所はあったからなのだろうけど何を相談してもけんもほろろ。
あんなろくでもないヤローを担任に持たなければいけなかった
自分に運が無かったのだろう。
悪妻は百年の不作というけれど「相性の悪い教師に教わるのは一生の傷」
「好きにしたらいい。俺は知らん。どうしようとお前は必ず後悔する」
好意的に捉えれば担任は私の将来を思っての愛のムチで私に考え直すよう
敢えて冷たく突き放したのかもしれない。
いいえ・・・それはあり得ない。
愛のムチは教師と生徒の間に信頼感があってこその事。
あの担任と私の間に信頼関係など全くなかった。
数年後ありったけの嫌味と復讐を込めて心の中でお返しした。
「私は自分の進路を後悔した事は一度もありません。唯一後悔したのは
先生を担任に持った運の無さと嫌われているのに頼ってしまった自身のおろかさです」
生徒にとって教師との相性は一生を左右する。
そもそもその担任と私は相性が悪かった。教師も人間なので好みがあるのは仕方ない。
相性の悪い教師と出会ってしまった事が最大の失敗だった。
ひとつの救いは、担任には恵まれなかった分尊敬と信頼するに値する
素晴らしい人格者の校長先生の愛情を得られた事。
担任に恵まれなかったからこそ校長先生という素敵な方と出会う事が出来た。
今でも心から尊敬している。
校長先生への思慕は生涯消える事は無い。
校長先生のような高貴で教養ある趣きのあるご尊顔になりたい。